明日は大晦日3。
東村山で出会えた、ドミノは素晴らしかった。作られている方々も頭が下がる方ばかりだ。
ドミノに一歩入ると、優秀な建築物に流れる空気がある。「 空気感が漂う 」と表現すればいいのか。
個人的に色々な建築物を学ぶため訪れた秀作には同じ感覚が漂う。上質で品がある。天井高さもほどよい。上質で品があり、ディテ-ルが存在する。これをいかに東京都の肝入りとはいえ、あの価格で提供しているのには、「びっくらこいた!」
その販売価格ではディテ-ルなんて物が必要な建築物は作れないはず・・・・この辺の表現は設計者しか理解できないかもしれない。メ-カ-の標準仕様の塊の住宅になるはず。
関西では、考えない住宅だ。アトリエ派と称される方が作り続け守った関東の土壌ゆえかもしれない。奈良のように、お金があるから設計士に設計させそのことを自慢する、なんてことは少ないかもしれない。その割に「 どこを設計したの? 」という住宅になってしまうが・・・・。
ドミノは「 住宅であり建築である。建築であり住宅である。」なんて難しいことをあっさりクリアした秀作だ。決して構造オンチのデザイン屋が作った造形ゴッコとは対極を成すものだ。
これを奈良で根付かせ、広く広める仕事は光栄だ。住宅の質を上げることに貢献もできる。もちろん、まだまだ本家には遠く及ばない、携わるすべての職種が「 意識 」を変えないとドミノには届かない。
自分自身が「わかったつもり」の「200年住宅」を分かるまで導いてくれるのはドミノだと考えている。だが、長く住み続けることを家を目指して作る。
こうした意識を持った設計者を奈良の片田舎に誕生させただけでも政府の政策は意味があったかもしれない。「 一生ものの 」の住宅を「 ちゃんとした図面 」で「 ちゃんと作る 」実は、易しいことかもしれない。
皆様、どうぞ良き新年をお迎えください。来年もボチボチ書いてゆきます。
拙い私のブログもどうぞ遊びに来て下さい。
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